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廿一度目の廃墟

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2013年8月19日、生活学園へ行く。
数日前、生活学園解体のニュースが届いたがその頃には岩手行く予定を立てていた。まぁ解体されてる様でも見てやろうか位の気持ちで松尾鉱山へ向かいました。
2012年9月8日こちらに行った際、生活学園がまだ中学校だった頃の卒業生(以下ジイ様)とお会いする事ができた。その時、伺った話と解体業者が入る前の写真とを織り交ぜて記す。前回は標準レンズとアイフォン、今回は広角レンズですが気にしないで下さい。
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解体依頼者はもちろん所有者の盛岡大学。工事許可が下りたのが2012年8月2日、という事は前回訪れたときにはもう解体が決まってたことになる。んで工事期間は2013年5月7日~2014年3月31日までである。今はゴミの分別作業だけの様で建物其の物はまだ解体されていない(8月19日)。期日が3月31日までだが雪で作業処じゃないだろうと思うのと清華寮がそうだったように、もう1~2ヶ月で瓦礫の山になるであろう。
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入ってすぐの廊下。窓、アルミサッシ、コンパネが全て取り除かれている。
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この通り暗かった問題点は大分改善されたがもうすぐなにもなくなる。
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便所の仕切りも無くなっている。面白い絵面だ、このまま用たす様を想像して笑った。
そもそもこの学校は生活学園なんて名前では無く松尾鉱山中学校でした。緑ヶ丘アパートが完成した後に出来上がった校舎でもとは下の方に木造の松尾鉱山小中学校があって中学生の新校舎としてできたのがこの校舎だ。1970年閉校になりその後、現盛岡大学が買い取り生活学園として蘇える。その際、大改装をしたのであろう、元々アスベストむき出しだったとの事だし窓枠がアルミサッシって処も違うでしょ。672_convert_20130821035252.jpg
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そして生活学園が衛生、調理の学校である事を表すかのような立派な調理室と散らばった食器。上が去年で下が今年、タイルが全て剥がされ食器類は何処にも見当たらない。
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教室もリノリウムのタイルは全て剥がされ黒板、椅子なんかもキチンと仕分けられ捨てられる。
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体育館1F、だいぶ片付いてる。BB弾がまだ転がってはいるもののザルまで使って仕分けている。プラはプラ、木は木と徹底している。同行の友人が8時間ずーっとゴミ片付けなんて気が触れるわって言ってた、本当そう。687_convert_20130821041131.jpg
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体育館B1F、床がゴッソリ無い。ジイ様が言っていたんだが当時の学校で体育館が2階建てってのが相当珍しかったらしいが今でも珍しいと思う。
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ちなみにこの部屋は無傷でした。
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生活学園への訪問は今回で最後、自分が次に松尾鉱山行く時には更地となっている事でしょう。1385_convert_20130821050107.jpg
緑ヶ丘アパートは相変わらずでした。こちらは盛岡大学と関係ないので解体の心配は無いがいつ無くなるかわかったもんじゃない。出来ることならこのまま残っててほしいものだ。楽しかったです。
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